17:生まれ変わる


「あっ」
買い物から帰り、洗濯物をしまおうとベランダに出た悟空が鋭い声をあげた。
騒がしい――というほどでもないが、いつも賑やかな悟空にしても、こんな声を出すのは珍しい。
「なんだ?」
部屋でごろころと寝転がっていた金蝉が、ひょいとベランダに顔を向ける。
と、途方に暮れたような悟空の顔が目に入った。
「どうかしたか?」
なんとなく寄る辺ない子供のような風情に、金蝉は微かに眉をしかめて立ち上がると悟空の方に向かう。
「これ」
悟空が手にしている鉢を金蝉の方に差し出した。
それは悟空がここにきてすぐの頃に金蝉が持ち帰った花束のなかにあった葉っぱで、水にさしておいたら根が出てきたので、鉢に植えてやってベランダに置いておいたものだった。
が、どうやら水やりを忘れていたらしく、葉はヘタれて力なく鉢の縁から下にと垂れていた。
「もうダメかな」
悟空も力なく呟く。
「これは……そうかもな」
下手な慰めを言っても仕方ないだろう。金蝉は感じたままを伝える。
「いちお、水をあげてみる」
すごすごと悟空はなかに入り、コップを手に戻ってくると、鉢の根元に水をやってコトンとベランダに置いた。
それからしゃがみこむようにして、鉢を見つめていたが。
パシン、という音が辺りに響いた。
なかに戻りかけていた金蝉が振り向く。
どうやら自分で自分の頬を叩いたらしい。頬のところに開いた両手をやった悟空が、すくっと立ち上がるところだった。
くるりと振り返って、金色の目がまっすぐに金蝉を見つめる。
それは久し振りに見る、強い輝きを伴っていた。
「金蝉」
「なんだ?」
「パリに帰るのっていつぐらい?」
突然の質問に、金蝉は面食らう。
「そうだな。まだ残っている仕事を片付けてからで、焔に聞かねば詳しいことはわからないが……2、3か月先かと思うぞ」
「そっか。じゃ、さ」
悟空は、まっすぐに金蝉を見つめたままでいう。
「俺も連れてって」
一瞬、沈黙が降りる。
「……それでいいのか?」
「うん」
悟空は頷き、それから視線を足元の鉢植えに落とす。
「このままじゃダメだと思う。水が貰えなくて、枯れてしまう植物みたいだなんて。人に頼らないと生きていけないなんて……良くない。もっと違う生き方だってできるはずだ。できないのなら、離れられないのはなおさら迷惑だ」
「そうか」
金蝉は手を伸ばして、くしゃりと悟空の髪をかき混ぜた。
少し泣きそうな顔で悟空が見上げてくる。
多分に強がりもあるのだろうが、前に進もうとしているのならば、手を差し伸べるのはやぶさかではない。
だが。
「お前がそれで良いのならば、な」
微かに心配そうな眼差しで、金蝉は悟空を見つめた。