19:至福のとき


天井近くの飾り窓から陽の光が零れ落ち、隣に立つ人の髪をキラキラと輝かせる。
――き、れい。
ふっ、と魅入られるように見つめてしまう。
と、オルガンの音が聞こえてきた。
悟空は慌てて、教会に入る前に渡された楽譜を開いた。
式の途中だ。気を散らせていたら、失礼だ。
そう思うのだが、どうしても視線がいってしまう。開いた楽譜の陰に隠れるようにして悟空は様子を窺うように隣に立つ三蔵にと視線を送った。
やっぱり綺麗だな、と思う。
物心ついたときからずっと一緒で、誰より何より見続けてきて、もういい加減、慣れて見飽きてしまってもいいはずなのに、見るたびにいつも『綺麗だ』と思う。
それに本当に久し振りだから、感慨もひとしおといった感じだ。
三蔵そっくりの金蝉――他の人に言わせれば『三蔵が金蝉に似ている』なのだろうが――とずっと一緒にいたのだから、それはおおげさと言われるかもしれない。
だが悟空にとって、ふたりは明確に違う。
同じ髪型、同じ格好をしていても、見分ける自信がある。
事実、三蔵が金蝉の代役をしたときに撮った写真が広告に使われたことがあるのだが、誰ひとりとして写っているのが金蝉ではないと気づいたものはいなかったのに、悟空だけは別だった。
それは、もともと撮影での代役というわけではなかった。
依頼主との顔合わせのときに体調を崩した金蝉の代わりを三蔵が引き受けた。ただそれだけのことだった。そのときにラフでいくつか写真を撮られたのだが、そのうちの1枚がそのまま使われてしまったのだ。
三蔵にしてみれば、ただ顔合わせに行っただけだったし、まさかそのときに撮られた写真が使われるとは思っていなかったので、特に悟空には話してなかった。
それに当人も言われるままにポーズを取っていただけで、正直、どんな写真を撮られていたのかなんて意識していなかった。だから、出来上がった写真が自分だと言われても、本当にそうだろうか、と思ってしまうほどだった。
が、街中に、その写真が広告として溢れて。
それを見た悟空は凄いショックを受けた。
――三蔵を盗られる。
そんな風に思った。
どこをどうしてそんな風に思うのか、当人にもわからなかったが、ただどうしても不特定多数の人に三蔵を見られるのが嫌だった。
だから泣いて拗ねて、もう代役はやらないという約束をとりつけた。
本当に怖かったのだ――。
だけど三蔵はなによりも悟空を優先させてくれた。
それはとても嬉しくて――そして安心できた。
大丈夫なのだ、と思った。
讃美歌が終わり、余韻を残してオルガンの音も消えた。貰った楽譜を閉じるときに、三蔵と目が合い、悟空は思わず楽譜を取り落としそうになった。
と、微かに三蔵が笑みを浮かべた。
三蔵は滅多に笑わないと思われているが、悟空に対してはそうではない。
たぶんそれは悟空だけしか知らない笑顔。
教会のなかに、牧師さんだか神父さんだかの声が響く。
声は言葉としての意味をなしていない。ただ音として悟空の耳に響く。
光が溢れる教会。
耳に心地よい声。
――そして、隣に三蔵。
ふわり、と悟空は笑みを浮かべた。