20:数センチの勇気


式は滞りなく行われ、幸せそうな新郎新婦は、ライスシャワーが降り注ぐ教会の出入り口を通り抜け、用意されていた車に乗って立ち去って行った。
こじんまり、という感じだったが、暖かな雰囲気に包まれて、良い式だったと思う。
「李厘」
和やかに談笑をする面々のなかに李厘の姿を認め、悟空は走り寄って行った。
「お疲れさま」
そして小さな声で言う。
式が始まるまで、あちこち飛び回る李厘の姿を見かけていた。
李厘はにっこりと笑った。
「来てくれてありがと、悟空」
「礼を言われるようなことじゃないよ。それよりさ、李厘、今日はどうするの?」
「どうするって?」
「だってふたりともいないだろ? 新婚旅行に行くんじゃない?」
特に聞いてはいなかったが、普通、式をあげたら新婚旅行に出かけるものだろう。
「あぁ。そういうこと。うん。一旦、家に帰ってからだけどね」
「そしたら、李厘、今日からひとりじゃん」
「って……」
李厘は呆れたような顔をする。
「お前、お兄ちゃんと同じようなこと、言うのな。お兄ちゃんもそう言って、最初、新婚旅行は行かないとか言ってたんだぞ。信じられるか?」
「えと……」
紅孩児がシスコンなのは李厘の話の端々からわかっていたことだが、新婚旅行も取り止めようとするとは、と思う。
確かにちょっと過保護かもしれない。
「ま、それはさておき、どうすんだよ、今日から」
「大丈夫。子供じゃないんだから、ひとりでも平気」
「でも、李厘、お前さ、マトモに料理できないだろうが」
「ちょっと待て、それは聞き捨てならん。卵焼きとか、ちゃんと作れるぞ」
「スクランブルエッグ限定で、だろ」
卵がうまく割れないので、目玉焼きにならず、そしてうまく丸めることができないのでプレーンオムレツにもならないのだ。
「う」
李厘は言葉に詰まるが。
「いいだろ、別に、料理ができなくても。いまはコンビニっていう便利なものがあるんだから、飢え死にはしない!」
「いや、そこで力強く、そう言われても……」
悟空は脱力するが、まぁ、ひとりでコンビニに買い物にも行けない金蝉に比べればマシかと思い直す。
「悟空」
と、後ろから声がかけられた。
「さ――……、お兄ちゃん」
振り向くと、三蔵がそこにいた。
「俺はそろそろ帰るが、お前はどうする?」
「どう――って」
「家には寄ってかないか? まっすぐ金蝉のところに戻るのか?」
「あ……」
家に帰る。
ここで三蔵に会えるとは思っていなかったし、そんなことは考えてもいなかった。
が、その言葉に、家の中の風景が頭をよぎる。
ものすごく長い間、帰っていないような気がする。
とても懐かしくて、でも――。
「んと、金蝉のトコに戻るよ。特に用もないし、ね」
「そうか」
一瞬、ふたりは見つめ合い、そして。
「じゃ、な」
三蔵がくるりと体の向きを変え、立ち去っていく。
「――っ」
呼びとめようとするように、悟空の手があがるが。
やがて、力なく下ろされた。
小さくなっていく後ろ姿を、悟空はいつまでも見つめ続けていた。