21:逢いたい


なんとなく重い気分で悟空は金蝉宅に辿りついた。
「ただいま」
そう言う声も心なしか沈んでいる。
悟空はいつものように居間を覗いて、それから自分が使っている部屋に行こうとして――。
「金蝉?」
足を止めた。
金蝉は家にいるときはたいていこの広い居間でごろごろしている。
だから帰ったときには居間を覗くのが習慣になっていた。
それなのに。
その姿はどこにもなかった。
「金蝉?」
名を呼びながら、悟空は居間へと足を踏み入れる。
余計なものがあまりないので、居間は広々として隅まで見渡せる。だからいないのはわかっているのだが、ついぐるりと見回してしまう。
寝室の方か、と向きを変えようとして。
ローテーブルの上に一枚、紙が乗っているのが見えた。
何気なくとりあげて、少し息を呑む。
『パリに行く。あとで連絡する。』
そこにはそう書かかれていた。
慌てて、ポケットから携帯を取り出し、金蝉の電話番号を呼び出す。
今朝、出かけるときは、全然普通だった。どこかに行くような素振りはなかったし、そんなことは言ってなかった。
だいたいパリだ。
準備もなしに、思いついて行くようなところではないだろう。
だからこれは金蝉にとっても突然のことだったのだろう。
それに。
パリ、ということは、金蝉がお世話になったという人になにかあったのだろうか。
顔も知らない人なのに、手が震える。
両親が事故に遭った、と聞かされたことを思い出す。
悟空は一度、深呼吸をしてから、携帯の発信ボタンを押した。
まだ、なにかあったと決まったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせ、意識して呼吸を深いものにして落ち着こうとする。
呼び出し音が何度か鳴り、それから。
「悟空か」
金蝉の声が携帯から聞こえてきた。
「金蝉……っ」
なんといっていいのかわからなくて言葉がつまる。
と。
「びっくりさせたか。悪ぃ。大丈夫だから、落ち着け」
深みのある穏やかな声がして、取り乱しかけた気持ちが落ち着く。
ちゃんと話を聞ける状態になったことがわかったのだろう。少し間があった後で、金蝉が言葉を続ける。
「前に話した世話になったという人の容態が悪化して、な。とりあえずパリに行ってくる。もしかしたら少し長くなるかもしれない。お前のこととかいろいろは、落ち着いたら、になってしまうかもしれないが……」
「そんなこと、別にいい。金蝉、たいへんなんだから、そんなこと、考えなくてもいい。それより大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。悪いな、もうすぐ搭乗時間なんだ。向こうに着いて、落ち着いたらまた連絡する」
「うん。わかった」
「じゃあな」
プツン、と通話が切れた。
悟空は力なくその場に座り込んだ。
心がざわざわとする。
なにごともないと良いのだが――。
どうしても両親のことと重ね合わせてしまう。
――三蔵。
いてもたってもいられなくなった。
悟空は携帯を握りしめたまま、すくっと立ち上がった。