23:最初で最後


とりあえず中に入れ、と言われ、悟空は三蔵について玄関をくぐった。
夏休みが始まってすぐに金蝉のところに行って、一度も帰ってきていないから、かれこれ2週間……いや3週間近くになるだろうか。
『家だ』という思いに胸がいっぱいになる。
が。
悟空は居間のソファに座り、目を閉じた。
もう、ここには帰れない――。
目の奥がつんと痛くなってきた。懸命に涙を堪える。
「具合でも悪いのか?」
カタン、という音とともにした声に、悟空は目を開けた。
ローテーブルに麦茶を置いた三蔵が、心配そうに悟空を覗きこんでいた。
こんな風に気にかけてくれるのも、きっとこれが最後。
いままで、なにより、だれより大切にしてくれてたけど。
「三蔵」
悟空は小さく囁いて三蔵にと手を伸ばした。
こんなことをしたら本当にもう……という考えが頭をよぎるが、どちらにしても変わりはないのだと思う。
三蔵の首の後ろに手を回して、至近距離で見つめた。
怪訝そうな表情が目に入るが、ここまで近づいても振り払われたりはしない。
これが他の人間なら、そうはいかないだろうに――。
悟空は淡く微笑んだ。
これが最初で最後――。
そっと近づいて、軽く唇を重ね合わせる。
柔らかくて、温かな感触。
ただ触れただけなのに、体の奥の奥になんともいえない甘い感覚が走る。
それはいままで味わったこともない甘美なもので。
もう一度――。
そう思ってしまう。
本当は、ただ一度だけ触れられれば良い、と思ったのだけど。
驚いたように少し目を見開いている三蔵を見つめ、悟空はもう一度唇を重ね合わせた。
今度はもう少し長く。
いつまでもこの甘さに身を委ねていたいけど――。
名残惜しげに微かに吐息を漏らし、悟空は離れて行こうとする。
が。
「ん……っ」
少し空いた隙間が埋まる。
三蔵が追いかけてきたのだ、と認識する前に、しっとりと包まれるように口づけられ、その後で、二度、三度と啄ばむように軽く触られる。
「さ……ん……っ」
名前を呼ぼうとして、声も吐息も塞がれた唇の間に消えていく。
いつの間にか、三蔵の舌が入り込んできて、口内を探るように動いていく。
「ん……っ」
ゾクゾクとした感覚が背中を走り抜けていく。
丁寧になぞるように歯列を撫でられ、舌が絡め取られる。柔らかく絡んでくる舌に、どうしたら良いのかよくわからないまま、その動きを追ってしまう。と、翻弄するように引かれ、追いかけると強く吸われた。
くちゅり、と唇の間から水音が漏れる。
それはひどく淫らがましい音に聞こえ、はっとして霞みがかった頭が一瞬晴れるが。
「……ぅ」
深く重なってくる唇に、また頭のなかが白くなる。
舌と舌を絡め合い、唾液を交わすように口づける。
なにもかもが甘く溶けて、頭の芯まで蕩けるようで、もうなにも考えられない。
ただ触れ合う温かさだけがすべて。
そうやって何度、交わしたかわからなくなるほどのキスをして、ようやく唇が離れていった。と同時に、悟空の体から力が抜け、崩れ落ちそうになるところを三蔵が支える。
「さんぞ……」
すっかり息があがって荒く呼吸をしつつ、悟空は霞みがかった頭の中でただひとつだけ残っている名前を呼んだ。まるでそれに答えるように、三蔵が唇の端を伝う唾液を舐めとっていく。
「ん……んっ」
と、自分でもわけがわからない、甘い声が漏れた。
「悟空」
囁く三蔵の表情はいままでに見たこともないもので。
だが。
不思議と怖い、とは感じなかった。
ゆっくりと三蔵が覆いかぶさってくる。
受け止めるように、悟空は手を伸ばした。