25:ハグ(抱きしめる)


――好き、なんだ。
微かに三蔵の目が見開かれるのを、悟空はじっと見つめていた。
滅多に見られない無防備な表情だが、思ってもみないことを言われたらだれだって驚く。
不思議とそんなことを冷静に考えていた。
もうこれで最後なんだ、と思うが、先程までの痛みはもうない。――といっても、完全に消えたわけではないが。
ただ『伝えられたのだ』と思うと満足感にも似た想いが湧き上がってきて、抱擁から抜け出そうと、悟空はそっと三蔵の胸を押した。
が。
「三蔵?」
もっと強く抱きしめられる。
「だったら、なぜ?」
「……え?」
「だったら、なぜ離れて行こうとする?」
紫暗の瞳がまっすぐに悟空をみつめる。
「だって……だって、ヘンだろ。男同士だし、兄弟だし」
「そんなの、関係ねぇだろ」
「関係なくない。普通に考えてヘン……だろう……」
語尾が小さく掠れてしまう。
「他にもまだなにかあるのか」
揺るぎない、強い瞳。
「……そんなの……」
その瞳を前にして、適当な言い訳などできない。悟空は唇を噛みしめた。
「なんだ?」
それなのに、そんな悟空の胸中を知ってか知らずか、三蔵は先を促してくる。
どうしてその先を言わそうとするのだろう。
それがひどく残酷なことだと、どうして気がついてくれないのだろう。
「……ただ三蔵の一番近くにいれさえすれば良かったんだ、本当は。三蔵がそんな風に俺のことを好きでなくても、俺が一番なら、それで良かった……」
止まっていた涙がまた溢れ出す。
苦い想いが、痛みがまた広がっていく。
「それで、なにを泣く必要がある?」
と、目尻に唇が寄せられ、涙を掬い取られた。
悟空は、一瞬、固まったように動きを止める。
「な……んで……っ」
だが、三蔵をぐいっと押し戻した。
ぽろぽろと新たな涙が零れ落ちる。
「そういうのは恋人にするもんだろっ。俺じゃなくて」
恋人――。
もう届かない――。
声をあげて、泣いてすがれればどんなに楽だろう、と思う。
悟空は嗚咽を噛み殺し、三蔵に背を向けようとした。
「ちょっと、待て」
が、どことなく戸惑ったような声とともに腕を掴まれた。
「さっきから変だと思っていたが、お前、もしかしてなんか誤解していないか? 恋人……? なんの話だ、それは」
「……別に……いまさら隠さなくてもいい。今日……、ううん、昨日、来てた女性……」
「花喃? ……って、あいつのことか? ちょっと、待て。どこをどうしたらそういう話になるんだ?」
思いっきりしかめ面で三蔵が言う。
「とぼけなくてもいい。だって、そう言ってたの、覚えてる」
「だからなんの話だ、それは。だれがそんなこと……」
「三蔵が」
「あ?」
三蔵の眉が釣り上がる。
「んなわけねぇだろっ」
「でも、前に来てたときにそう言っていた。彼女だって」
「言うわけねぇって言ってんだろうが」
「言ってた。お父さんもお母さんも三蔵が彼女を連れてきたからお赤飯だって騒いでたじゃんかっ」
 大声で応酬し、悟空ははぁはぁと肩で息をする。
 と。
「……それ、いつの話だよ」
毒気を抜かれたかのように、三蔵が呟いた。
「俺が中学を卒業するくらいのときの話じゃねぇか?」
「ほらっ、三蔵だって覚えてる」
「あのな……」
溜息をひとつ、三蔵がつく。
「そのときも言ってるぞ、俺は。それは違うって」
「……え?」
「なんでそこだけ忘れてるんだ、お前は」
取られた腕を引き寄せられ、ふわり、と悟空は抱きしめられた。
「だいたいな、もしそうだったとしてもまだまだ子供の頃の話だし、もう何年も経ってんだぞ。そうすんなり元の鞘に収まるわけねぇだろうが」
「……そんなの、わかんないじゃないか」
泣き出しそうな顔で言う悟空に、三蔵はふぅともう一度深い溜息をついた。
「それにな、もとからありえねぇんだよ。あれは八戒の双子の姉だ」
「え?」
「性格、そっくり。というより、もっと始末に負えん。俺には無理だ」
赤く泣き腫らした悟空の目に、三蔵の唇が降りてくる。
「お前が一番だ。――昔も今も」
そう囁かれ、強く抱きしめられて。
「三蔵」
悟空は縋るように三蔵の腕のなかでしゃくりをあげた。