26:瞼の裏側


「いい加減、泣き止め」
閉じた目蓋のうえに、柔らかく唇が降りてくる。
それはひどく優しい仕草で、余計に涙が止まらなくなる。
でも、その涙は先程までの苦いものでなく、強く抱きしめられた腕のなかは心地よくて安心できて、流す涙は胸にわだかまっていた氷塊を溶かしていく。
泣きじゃくりながらも、悟空の唇には微かに笑みが浮かんでいた。
何度目かの柔らかな唇の感触のあと、突然、ふわりと自分の体が持ち上がるのを悟空は感じた。
「三蔵」
びっくりして三蔵にしがみつく。
と、短い浮遊感の末にベッドのうえに降ろされた。
「三蔵っ」
するりと腕が離れて行く。その温もりを追って、悟空は反射的に手を差し伸べた。
「ちょっと待ってろ。そのままじゃ目の毒なんだよ」
軽く頬に触れる唇と、苦笑いしているかのような声。
なんの話だろう、と思っていると、目の前に三蔵のパジャマが投げ落とされた。
「それでも着てろ」
手にしたところで、ふと自分の格好に思い当った。
「……っ」
自分で自分が赤くなったのがわかる。
近づいてくる三蔵の目を避けるかのように、悟空は背を向けてパジャマを羽織った。
「別にいまさら……だがな」
ベッドの端に腰をおろした三蔵に、悟空は抱きしめられた。
「悪ぃ。昨日は俺も余裕がなかったから、な……。体、大丈夫か?」
バクバクと心臓が音をたて始める。ますます顔を赤くしながらも、悟空は小さく頷いた。
ゆっくりと髪を梳くように撫でられる。
「それにしても、花喃のことを誤解されるとは、な。よく見れば、そんな雰囲気など微塵もないってわかりそうなものだが」
「……わかんない、よ。そんなの」
拗ねたように悟空は言う。
「そうか? 俺はすぐわかったが」
「なにが?」
「お前と、昨日の結婚式の女の子。悟浄たちがお前に彼女ができたって言ってたが……。あの子のことだろ?」
「あれは……、李厘は……」
三蔵の耳にまで入っていたのかと悟空は驚く。だが、あの二人が知っていて、三蔵が知らないという方が不自然だ。だけど、いまのいままでそんなことを思いつきもしなかったので、誤解されていたらどうしようと、悟空は少し慌てふためく。
「彼女じゃない、だろ?」
が、あっさりとそう言われて余計に驚き、驚いたせいで少し冷静になる。
「……悟浄たちに聞いた?」
そういえば、ふたりに聞かれて『彼女じゃない』と答えていたのを忘れていた。
「聞いてねぇよ。というか……。悟浄たちには言ったのか?」
「聞かれたから。でも、三蔵は聞いてねぇんだ? 彼女の話は聞いてるのに」
「黙っていたら面白いことになるかも……とでも思ってやがるんだろ」
「……全然、面白くない」
自分のように本気で誤解したらどうするつもりなんだろう、と悟空はちょっとむくれる。
「だな」
同意する割には面白がっているような表情で、三蔵は膨らんだ悟空の頬に唇を落とす。
「お前とあの子、見ててそういうんじゃねぇってすぐにわかったぞ。仔猫が2匹、じゃれあってるみてぇだった」
その言葉に、どうせ自分はわからなかったもん、と悟空はますます頬を膨らませる。
が。
「……悪かった、な」
そっと引き寄せられる。
「たくさん、泣かせたか?」
労わるように優しく抱きしめられる。
「三蔵」
その言葉にほんの少しだけまた涙が浮かぶが、寄り添う腕のなかは温かくて。
目を閉じて、悟空はその温かさに身を委ねた。