30:恋する切なさ


目の前に置かれた甘いココアをかき混ぜて、それから窓の外に視線を移し、悟空はふぅっと溜息をついた。
窓の外は良く晴れて、空が高い。
秋の深まりを感じさせる、青い青い色をしていた。
そんな空をじっと見て、悟空はもう一度溜息をついた。
そして。
「……おい。あれはなんだ?」
「……僕に聞かないでくださいよ」
向かいの席では、悟浄と八戒が小声で会話を交わしていた。
大学の門の近くに悟空がひとり立っていた。
珍しいこともあるものだと、ふたりが声をかけると、三蔵を迎えにきた、と悟空は答えた。
三蔵は授業のあと、話の長い教授に掴まっていた。
ので、まだしばらくかかるだろう、とふたりは悟空をお茶に誘った。
で、大学のカフェテラスにいるのだが……。
どうも悟空の様子が変だった。
だいたいここまで迎えに来る、ということかして少し変だ。
三人が通う大学は、一、二年生のうちは都心から悠に一時間半以上かかる郊外にある校舎で学ぶ。
ので、偶然近くまで来た、というのはほとんどありえない話ではないかと思う。
「えぇっと、悟空」
いつもならじゃれてくる仔犬をいなすように話をするのだが、なんだか今日は本当に声がかけにくくて、悟浄はなんとなく伺いをたてるような口調で悟空に話しかけた。
「ん?」
悟空の視線が窓から戻ってくる。
が。
「……おい、八戒」
「……だから、僕に言われても」
「なに? どうかした?」
ふたりがこそこそ話すのを、悟空が小首を傾げて不思議そうな顔で聞く。
その表情はいつもの子供子供したものだった。
が、ふたりは狐につままれたような気分になる。
というのは、振り向いたときに――どういうわけか、色香、のようなものが漂っているように感じたのだ。
「あぁ、えぇっと、なんだ。その……なんか、らしくなく小猿ちゃんが溜息なんかついてるから、どーしたのかなーって」
ちょっと冗談めかした感じで悟浄が聞く。
「あぁ。もうちょっとで、三蔵の誕生日じゃん。プレゼント、どうしようかと思って」
言ってることは他愛もないことだが、一瞬、ふたりの目は点になる。
三蔵の誕生日――は、確か十一月の終わりだったはずだ。
いまは十月の中旬で……それは『もうちょっと』なのだろうか。
「それよりも俺の誕生日の方が先じゃねぇ?」
「へ?」
「だから、俺の――」
「悟浄の誕生日は別に関係ねぇじゃん。だいたい今度の誕生日は特別で――あ、三蔵っ」
言葉の途中で悟空は、ガタン、と音をたてて椅子から立ち上がり、カフェテラスに入ってきた三蔵のもとにと駆けていく。
「ったく、遅ぇよ。温泉に着くの、夜になっちゃうじゃんか」
「別にいいだろ。お前はメシが食えりゃいいんだろうし」
「そりゃそうだけど。って、ちょっと待って」
そのままカフェテリアから出て行こうとする三蔵にそう言い、悟空が悟浄達のところに戻ってくる。
飲みかけのココアを飲み干して。
「じゃ、行くね」
ひらひらと手を振って行こうとするのを、悟浄が呼びとめる。
「おい、温泉って?」
「え? あぁ。聞こえてた? うん、そう。ここからのが近いからここで待ち合わせしたんだけど――ってか、三蔵がどうしても抜けられない講義があるっていうんでそうなったんだけど」
「これから? 荷物も持たずに?」
「荷物なら車。三蔵、今日はここまで車で来て、駅前の駐車場に停めてあるんだ。んじゃ、また。お土産買ってくるね」
今度こそ、悟空は三蔵のもとにと駆けていく。
仲良さげにふたりは寄り添って、カフェテラスを出て行く。
その後ろ姿は――。
「なぁ、八戒」
「だから、僕に聞かれても困りますって」
ふたりは顔を見合わせ顔をしかめ、それからなにも見なかったことにしよう、とでもいうようにそれぞれの飲み物に手を出した。