32:君のために出来る事


冬休みも間近に迫ったある日曜日。
掃除機のスイッチを切って、コンセントを外し、悟空はふぅっと息をついた。
突然、思い立ち、掃除をすることにした。
散らかっていたのが目について……というわけではない。
日曜だというのにどうしても断れない頼まれ事があるとかで三蔵は大学に行ってしまい、悟空はひとり、家に取り残されてしまった。
このところ三蔵はなんだか忙しそうで、ろくに会話もできなくて、でも休みになればゆっくり話せると思って我慢していたのに、この日も出かけると言われ、実は悟空はちょっとむくれていた。
けれど、そんなことを三蔵に言っても困らせるだけだ。
だから、ぐっと不満を飲み込んで送り出そうとしたのだが、三蔵には気づかれていたらしい。
出るときに軽く叩くように頭を撫でられ、なるべく早く帰ってくると言われた。
少し泣きそうになった。
それまでもちょっと泣きそうな気分だったのだが、それとはまた違った意味で。
わかってくれる、というのはとても嬉しいことだと思った。
といっても、がっかりしているのはがっかりしているので。
なにか気が紛れることがないかな、と考えて年末も近いし、ちょっとずつ掃除をしておこうと思い立ったのだ。
といっても、悟空はともかく三蔵は、自分の部屋とか自分で使うところとかは割ときちんとしているので、ふたりだけで暮らしている割には家のなかは綺麗だ。
だが、もともとふたりで住むには広い家だ。ほとんど使っていない部屋もあり、掃除が行き届いているとは言えない。
とりあえず普段はあまり掃除をしていないところから――ということで両親の寝室から始めることにした。
そして、ざっと一通り掃除機をかけ終わり、さて次はどこを――と思ったところで、ふとクローゼットに目が吸い寄せられた。
そこには三蔵と悟空の小さい頃のアルバムが置いてあった。
この間、両親の部屋で探し物をしていたときに発見した。
悟空は掃除機をその辺におくと、クローゼットを開ける。
もう一度、アルバムを見てみたくなった。
特に小さい頃の三蔵の写真を。
三蔵が『お兄ちゃん』なのだから当たり前だが、そんな小さい頃の三蔵なんて見たことがない。
だからすごく新鮮で――もう一度、見てみたかった。
幸い、いま、三蔵はいない。
いたら――見つかったら、確実に嫌がるだろう。
この間もいい顔はしなかった。
すごく可愛くて、本当に天使みたいなんだから、見られて困ることはないじゃんか、と思うのだが、そうもいかないらしい。
それはともかくいまならいくら見ても平気だろう。
悟空は楽しそうな笑みを浮かべ、クローゼットの奥の方からアルバムを引っ張り出す。
適当に一冊を引き出してみると、三蔵が幼稚園生くらいのときのものだった。
「かっわいーなぁ」
その場に腰を落ち着けて、にこにことページをめくっていく。
と、突然、三蔵とは違う赤ん坊の写真が出てきた。
「あれ?」
自分――だろうか。
本当に生まれたばかりらしくて、髪があるんだかないんだかよくわからなくて、目も閉じていて――なんだか自分なのかもよくわからない。
「――あ」
だが、もう1ページめくると三蔵と一緒に映っている写真があって――それでその赤ん坊が自分なのだと確信する。
三蔵はカメラではなく、赤ん坊を見ている。
その表情が――いつも悟空に向けている表情で。
他人には決して見せない、穏やかな優しい表情で。
こんな小さいときから変わらずそうやって見てくれていたんだ、と嬉しくも、気恥ずかしくも思う。
――三蔵。
胸の奥がほわほわと温かいもので満ちてくる。
いつもいつもこんな風に見てくれるこの人に。
いつかなにか返せたらいいな……。
そんなことを心から悟空は思った。