38:大切な人


「あ……」
不意に意識が戻った――ような感じになった。
目の前に祠が見える。
悟空は祠の前に、力が抜けたように座り込んでいた。
いつの間にか、辺りには雪で覆われている。
いつ降り出したのだろうか。もうかなり積もっていた。
寒さにふるりと震え、無意識のうちにそばに転がっているカバンを引き寄せた。
と。
転がり落ちるように、雪のうえに投げ出された――拳銃。
ビクッと肩を揺らし、悟空はその場に固まった。
鈍い銀色の光が目を刺す。
のろのろと、まるで操られるように手を伸ばし、グリップを握る。
――冷たい。
その冷たさが、現実であることを伝える。
震える手で、ゆっくりと拳銃を持ちあげていく。
――ここに。
――自分はこの祠に封じられた存在だったのだ。
まるで白昼夢を見ているようだったが、それは事実だ。
事実だった、ということがどうしてだかわかる。
そして、その事実が重く圧し掛かる。
――なにをしてここに封印されるようになったのかは知らない。覚えていない。だが、封印されるようなことをしたのだろう。
――あの禍々しい気配。
――あれがたぶんなにかをした。
――そしてそれはいまも自分の身の内にいる。
――確かにその存在を感じる。
――不幸をもたらすと言われているのは、きっとこの存在のことだ。
――無理やりここから出てきたのだ。母を使って……。
――その母も……そして父も、いまはもういない。
――きっとこの存在が……。
引き金に指をかける。
――ダメだ。これ以上はダメだ。
――これ以上、だれかを犠牲にする前に。
指に力を入れようとするが。
「なに、やってんだ!」
声がした。
突然、目の前に手が伸びてきて、リボルバーの部分が掴まれた。引こうとしていた引き金が途中で止まる。
反射的にもっと強く引こうとするが。
「バカ野郎っ!」
罵るような口調で、拳銃を取り上げられた。
もっと罵倒される――と思ったのだが、ぎゅっと抱きしめられ――。
「……さんぞ?」
知っている腕の温かさに眩暈がしそうになる。
「お前を呼んだのは、俺だ。お前が自分を悪いと思うことはなにひとつねぇよ」
「――え?」
突然の言葉に驚いて顔を上げる。
それはどういう意味――?
聞こうとして。
――お母さん。
不意に小さな頃の三蔵の姿がいまの三蔵に重なった。
辺りに立ち込める黒い、濃い瘴気。
なのに、なぜかその姿だけよく見える。
――あの子、泣いてる。連れ帰ってあげて。
――大丈夫。ちゃんと面倒をみる。ずっとずっと大切にする。
――こんな風に泣かせたりしないから。
――だから、お願い。
すぅっと黒い瘴気が晴れ。
そして。
――おいで。
手を差し伸べる三蔵の姿が輝いて見え。
そして。
掴まれた手が――。
「三蔵」
いま抱きしめてくれているこの手が――。