雨の予感
豪奢だが、落ち着きを感じさせる部屋。
三蔵は、ノックもせずに入り込むと、無言でディスクをどっしりとした机の上に置いた。
書類に目を通していた女性が、顔をあげる。
「なんだ、チビはいっしょじゃねぇのか」
艶やかな紅い唇から漏れるのはいささか乱暴な言葉。
書類を机の上に投げ出して椅子を後ろに引き、ことさら見せつけるように形の良い脚を組みかえる。
が、対する三蔵は、無表情のままだ。
「依頼品だ」
ただひとことだけいって、部屋から出て行こうとする。
「ちょい待ち」
声をかけ、女性は机の引き出しから包みを取り出した。
「最近流行りの店の菓子だ。チビにと思って買っといたやつだ」
差し出されたものが嫌なのか、女性が嫌なのか。
三蔵は顔をしかめるが、包みは受け取る。
「せっかくチビの喜ぶ顔が見れると思ったのにな。ったく、ほどほどにしとけよな。チビの体のことも考えてやれ」
「俺じゃねぇ。あいつが――」
思わず答えようとして三蔵は口をつぐみ、さらに顔をしかめた。
それでは、言外に触れられたふたりの関係を認めていることになると気づいたのだ。
そんな表情に、女性はどこか満足げにくすくす笑う。
三蔵は顔をしかめたまま、くるりと背を向けた。
「チビを探しているやつらがいる」
だが、背中にかかった言葉に足を止めた。
「金瞳の子供。名指しされてるわけじゃねぇが、そうそうあんな珍しい瞳の子供がいるとは思えん」
半分だけ振り向くと、先ほどの笑いが消え、真剣な表情を浮かべる女性の顔が目に入った。
「どんな連中かは掴めなかった。手掛かりになりそうなもんをその包みに一緒に入れといたから、興味があるんなら調べてみるといい」
三蔵は一瞬考え込むような表情を浮かべ、それからまた顔をしかめると、無言のまま部屋から出て行く。
しんと静まり返った廊下を辿り、外に出て。
空気に微かに湿気を感じた。
空を見上げる。
出てくるときは晴れていたはずなのに。
雨の予感は現実のことか、それともこれから先の比喩的なことか。
どんよりと曇った空のもと、三蔵は表情を消して歩きだした。