万華鏡


三蔵が家に戻ると、キッチンの床に悟空が倒れていた。
シーツだけをまとい、ところどころ意外にも白い肌をさらけ出している姿は、普通だったら艶っぽいというところだが。
しどけなく、というよりは、行き倒れているといった方が良い風情で、これっぽっちも色気を感じさせない。

昨夜、この手に抱いたのは別人かと思う。
あれほどまでに乱れ、蠱惑的な眼差しを送ってきていたというのに――。

「なにしてるんだ、猿」

なんでこんなものに昨日は……。と、なんとなく腹が立って、三蔵は軽く悟空に蹴りを入れる。

「……ってぇな」

悟空は文句を言うが、いつもの勢いはない。

「三蔵、ひでぇ。食いもん、補充してくれなかっただろ」
「……あぁ。悪ぃ」

そういえば、もう冷蔵庫のなかも保存用の食糧もほとんどなかったはずだ。
あまり食べることに執着しない三蔵はすっかり忘れていたが、仕事の前に悟空に補充するよう頼まれていたのを、いま思い出した。

「悪ぃ、じゃねぇよ。もう腹減って死にそう。ってか、死ぬ」

ぱたり、と床に伏して、悟空は動かなくなった。

「そうか。死んじまったらいらねぇな。観音が押しつけてきたものがあるんだが……」
「食いもん?!」

先程までのしおれ加減は幻かというほどに、バッと悟空は勢いよく起き上がると、三蔵の手にしている包みを奪い取る。

「あ。クッキーだぁっ」

早速、両手に鷲掴みで、ボリボリと貪り始める。

「うっめぇっ!」

ふるふると感動にうち震えるように天を見上げる。
その顔には至福、といっていいほどの表情が浮かんでいる。

本当に、ころころと表情を変える子供だ。
その表情は、一瞬、一瞬がキラキラと輝き、姿を変えていくさまはどこか万華鏡を思わせる。
飽かずみつめていたい気持ちを起こさせるところも。

と。

少し腹が満たされて、落ち着いたのか。
不意に、悟空は三蔵の顔をまっすぐに見つめてきた。
それから手を伸ばして、三蔵の頭を抱えると、額に唇を寄せる。

「……なんのつもりだ?」
「や、なんか、眉間に皺が寄っているみたいだったから。あ、こっちのが良かったか?」

そういって、悟空はクッキーを差し出す。

「お前じゃあるまいし、そんなんで喜ぶか」
「じゃ、なにがいい?」

悟空は割と真剣な表情で問うてくる。

「別に機嫌が悪いわけじゃねぇ」

観音にいわれたことを、あれからずっと考えていた。だが、表情に出していたつもりはまったくなかった。

「そうか?」

だが、なぜか悟空にはわかってしまうのだろう。
くしゃり、と三蔵は悟空の髪をかきまぜた。

「なんでもねぇよ。それより、それ食ったら買い出しにいくぞ」

「おぅ」

悟空は嬉しそうに笑うと、すごい勢いで残りのクッキーを片付け始めた。