手を伸ばせば
「海老チリっ。海老チリ、食いたいっ」
近所のスーパーの総菜売場で、悟空は小さな子供ように駄々をこねていた。
「お前な、青椒肉絲も回鍋肉も、そのうえ餃子や焼売まであるんだぞ。そんなに食えるか」
「食える」
きっぱりと悟空は言い切る。
が、三蔵はそれを無視し、売場を離れようとする。
「俺、頑張ったもん。昨日、頑張ったもん。ご褒美くれてもいいだろ」
ひしっと腕にしがみつき、悟空は三蔵を引き留める。
「ご褒美ならもうこれで充分だろうが」
三蔵はカートのカゴを悟空に指し示す。
そこにはいったい何人分だ、というほどのものが積まれていた。
「海老チリぃ〜」
「却下」
「カニ玉ぁ〜」
「却下」
「うぇーん」
泣き真似をする悟空をおいて、さっさと三蔵は通路を進む。
「置いてっちゃやだっ」
すると、バタバタと悟空が追いかけてきた。
いったいどこの小学生かと思う。今年十八になったとはとても思えない。
「さんぞーのケチぃ」
ぶつぶつと未練がましく文句を言っていた悟空は、今度は通路にしつらえてあった特設のお菓子売り場のところで足を止めた。
「あ、新しいのだっ」
そのうちのひとつを手に取る。
「お、おまけつき。んと……このおまけは……」
試すように裏っ返し、それから次々と箱をとっていく。
「三蔵、これとこれ」
いくつか選び出したのを三蔵に見せようとして、その姿がないことに気づいた。
「三蔵?」
きょろきょろと悟空は辺りを見回す。が、目の届くところにはどこにも三蔵はいない。
「三蔵、三蔵、三蔵っ」
お菓子を放り出すと、悟空は走り出した。
「三蔵っ」
ほとんど泣きそうになりながら、通路を走り回る。
そしてようやく。
「うるせぇよ」
三蔵を見つけ出した。
「うえぇーん」
今度は泣き真似ではなく、本当に泣きながら悟空は三蔵にしがみつく。
本当にいくつだよ、と三蔵はこっそり溜息をつく。
普段は全然平気なのだが、こうして置いて行かれそうになると途端に悟空は子供のようになる。
本当に不安だったのか。
その日一日、手を伸ばせば届く範囲以上、悟空は三蔵から離れることはなかった。