花も嵐も踏み越えて


「なんだか駆け落ちみたいだな」

月のない夜。
街灯だけではあまり輪郭もわからないが、いままで住んでいた建物を見上げて悟空が言う。

「どっちかってぇと、夜逃げだと思うぞ」

溜息をつきそうな表情で三蔵が答える。

「もー、ロマンがないんだから、三蔵は。花も嵐も踏み越えて、手に手をとって逃げ出すふたりっていったら駆け落ちだろ」
「……なんだ、それは」
「ねーちゃんがそう言ってた」

悟空の台詞に、三蔵は今度こそ本当に溜息をつく。

「さんぞ」

そんな三蔵の服の袖口を悟空はぎゅっと握りしめた。

「ごめん」

それから俯いて言う。

「なんの話だが」

三蔵は悟空の額を人差し指で押すようにして、顔をあげさせる。

「それより持ってくモンはそれでいいのか? もうここには戻ってこねぇぞ」

悟空は当座の着替えが入ったバッグだけの軽装だ。
という三蔵も似たようなものだったが。

「大丈夫だよ。大切なモンはちゃんとここにある」

握った袖口を離さずに、悟空はいう。

「ね、三蔵。三蔵は? 大事なモンはちゃんと持った?」
「あぁ、ちゃんとな」

頷く三蔵が取り出したのは、普通のモバイルパソコンよりもさらに小さなパソコン。

「むぅ。なんだよ、それ」

悟空が膨れ面を見せる。

「先立つものがなきゃなにもできねぇし、お前にとっても大切なモンだろ、メシの種なんだから」
「そりゃそーだけど」

肯定しつつも、悟空はさらに膨れる。

「行くぞ」

そんな悟空にお構いなしに、三蔵は歩き出す。

「待てよ」
「コアラか、お前は」

袖口から三蔵の腕へと手を滑らせて、しっかりと腕を組んできた悟空に、三蔵は呆れたような声をあげる。

「いーじゃん、別に。駆け落ちなんだし」
「まだ言うか」

そう言いながらも三蔵は悟空の腕を外すことなく。
夜の闇にふたりの姿は飲み込まれていった。