温室育ち


「なんでこんなとこでメシ食わなきゃなんねぇの?」

ぶぅぶぅと文句を言いながらも、悟空は休みなくナイフとフォークを動かす。
その扱いには危なげなところは微塵もなく、高級レストランという場所柄上着せられたスーツは七五三風ともいえなくもないが、結構似合っていて違和感がない。

温室育ち。

そんな言葉を思い起こさせるなんて、普段の悟空を知ってるものからすれば、目が点になるくらいの変貌だ。

だが、きっと。
これが本来の姿なのだと、三蔵は思う。
もともと悟空は良家の子息だったのだろう。
だからこそ誘拐されて、あんなところに閉じ込められていた。

ただ謎なのは。
当時いくら探しても悟空と外見が一致する誘拐された子供がいなかった、ということだ。
行方不明になっている子供や、上流社会ではありがちだが、犯人やスキャンダルを恐れて公表されてない事件も、裏から手を回して調べてみたのだが、悟空と思しき子供はいなかった。

人であれ、物であれ。
それがデータ化されているものならば、必ず見つけ出す自信が三蔵にはあった。
それに加え養父から受け継いだ巨大な情報のネットワークがある。

それなのに悟空の身元は割れなかったということは。
微かに三蔵は眉をひそめた。

「三蔵、それ、食べねぇの?」

が、能天気に響いた声に、深刻な考えは霧散する。

「ったく、どれだけ食う気だよ」
「でも三蔵、あんまり食べねぇから、ふたりでちょうどいいくらいだと思うぞ。だいたいそれだって残すつもりなんだろ? もったいない」

ふたりでちょうどいい、どころか二人分よりも遥かに悟空の腹におさまった量は多いのだが。
それに三蔵は、別に目の前の料理を残すつもりがあったわけではないのだが、目をくりくりさせて、期待に満ちた表情を浮かべる悟空に負けて、ひとつ溜息をつくと皿を悟空の方に押しやった。

「やりっ」

満面に笑みを浮かべ、本当に美味しそうに悟空は料理を片付けていく。
幸せそうな顔を見ているうちにいろいろと考えているのが馬鹿らしくなってきた。

「さんぞ、エビのも食いたい」
「まだ食うか」
「いーじゃん。だって、これ、依頼人のおごりだろ?」

そう。
悟空の言葉に三蔵は少し気を引きしめる。
ここで食事をしながら待っていること。
それが今度の依頼人の指定してきたことだった。
直接、会いたいというのは珍しいことだが、別に姿を隠しているわけではないので、依頼人の希望がそうであるのならば従うまでだ。

だが。
なんとなく引っかかりを感じる。

――煙草が吸いてぇ。

トントンと、三蔵は人差し指を机に打ちつけた。