チェックメイト
「ふぅ。満腹ー」
幸せそうな溜息とともに、悟空はようやくナイフとフォークをおいた。
「ご満足いただけましたか?」
そのタイミングを見計らうかのように、ダークスーツの青年が現れた。
店に入ったときにふたりをこの席まで案内してくれた青年で、少し若すぎる気もするが、この店の支配人という感じだった。
「うん。美味しかった」
屈託なく答える悟空に、青年は緑色の目を細め、柔和な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。デザートを別室にご用意いたしましたので、よろしければそちらにお移りいただけますか?」
「デザート?」
「はい。チーズとワインもございますし、個室になっていますのでお煙草もご自由にどうぞ」
依頼の口調で物腰は柔らかいが、そのくせ有無を言わせぬ雰囲気が漂っている。
三蔵は微かに眉をひそめるが、なんの疑いも持たずに席を立つ悟空の後について別室に向かった。
「うわぁ」
部屋に一歩足を踏み入れるなり、悟空は歓喜の声をあげる。
テーブルには所狭しとさまざまなスィーツが載せられていた。
それとは別に葉巻が乗ったテーブルと各種チーズの盛り合わせにワインが置かれているテーブルがある。
青年は葉巻の箱を取り上げようとするが、「結構だ」という三蔵の言葉に手を止めた。
それからワインを取り上げると、ラベルが見えるように三蔵の方に向けた。
「お好みに合いそうなものをこちらでご用意させていただきましたが、別のものにいたしますか?」
「別になんでもいい」
素っ気なく答え、三蔵はソファに腰を下ろした。
そんな三蔵の態度を気にした風もなく、青年は慣れた手つきでワインの栓を開け、グラスに注ぐと三蔵の前に置く。
「お前はやめとけ」
それを立ったままワクワクという感じで見ていた悟空は、言われて頬を膨らませた。
「お茶をお持ちしますね。それとも、コーヒーの方がいいでしょうか。ハーブティもございますが」
宥めるような笑みを浮かべて、青年が言う。
「んと、コーヒーじゃないほうがいい。お茶。花の香りがするのがあればそれがいい」
「わかりました」
「ね。これって、全部食べてもいいの?」
「足りなければまたお持ちしますよ」
普通に考えてこの量で足りないということはないだろう。
全部食べて良いかを聞く悟空も悟空だが、なにも変わったことはないというように返すこの青年もこの青年だ。
「わーい」
そんな三蔵の心中などお構いなしに、ぽふん、と悟空は三蔵の隣に腰掛けると、早速デザートの物色にかかる。
「失礼します」
青年は丁寧に頭をさげて、仲良く寄り添うようなふたりのいる部屋をあとにする。
「チェックメイト」
閉まった扉の向こうで青年が呟いた言葉は、ふたりの耳には届かなかった。