前提条件
ザーザーと水の流れる音。
洗面台に手をついて、崩れ落ちそうになるのを悟空は必死に堪えていた。
「……ったく、もったいねぇ」
さきほどトイレで吐き出せるものはあらかた吐き出してしまった。
が、それでも眩暈は治まらない。グラグラと世界が揺れているようだ。
「お客さま……?」
と、洗面所の入口で声がした。
「大丈夫ですか? どこか具合でも……」
「平気」
短く答え、悟空は振り向く。
すると、鮮やかな紅い髪が目に飛び込んできた。それから心配しているかのような表情が目に入る。
「でも、お顔の色があまりよくありませんよ。少し横になってお休みになられますか?」
後ろに回した手を洗面所の淵にかけ、体重をかけるようにして自身を支えながら、ふぅ、と大きく悟空は息を吐き出した。
言葉の遣り取りを楽しんでいる余裕はない。
ので、単刀直入に聞く。
「さっき、監視カメラで覗いてたのはあなた?」
髪と同じ、紅い目が少し見開かれた。
「……もしかして、バレバレ?」
「ものすごくわかりやすかったデス」
「っかしぃな。そう簡単に見つかる場所に仕掛けてねぇんだけど」
「俺はわかんなかったけどね。でも、三蔵にはカンタンにわかっちゃったみたいだよ。そうでもなきゃ、三蔵、あんなところであんなキスしてくれない」
「見られてるの、わかってしてたわけ? 悪趣味だなぁ」
「そう? 三蔵が俺のモンってアピールできる絶好のチャンスじゃん」
悟空の言葉に紅い髪の青年は笑い出した。
「面白いコだね」
それから、悟空の方に近寄ってくる。
「なぁ、あんなヤツやめて俺のモンにならねぇ?」
「……唐突」
悟空は顔をしかめる。
「だって気に入っちゃったから。第一、こんな具合が悪そうなのに、放っておくようなヤツってどうよ、って思うし。お前、遊ばれてるだけじゃねぇ? 俺ならそんなこと、しないぜ。優しいし、楽しいし、絶対、あいつよりお買い得だと思うけど」
「無理」
滔々とした言葉を悟空はひとことで切って捨てる。
「考えもしてくれないわけ?」
「考えるまでもないもん。だって、あなた、前提条件から外れてるから」
「前提条件? なんだ、そりゃ。まさか女子高生じゃあるまいし、金髪碧眼の白馬に乗った王子様っていうんじゃないだろうな」
「違うよ。もっと簡単。条件はひとつしかないから」
「なんだ?」
「三蔵」
「へ?」
「だから、三蔵。前提条件は三蔵であること。そのひとつだけ。簡単だろ?」
悟空の答えに、紅い髪の青年は意表をつかれたような顔をした。