子猫の牙


「なにを遊んでるんです?」

一瞬、たちこめた沈黙は、静かな声で破られた。
悟空と赤い髪の青年は声の方に顔を向ける。と、戸口のところに緑の目の青年がいるのが見えた。

「遊んでるつもりはなかったんだけどね。ってか、なんでここに?」
「逃げられました」
「……おやおや」

赤い髪の青年が肩をすくめると、緑の目の青年は少し険のある表情を浮かべた。

「すごいな。あれだけの監視の目をすり抜けるとは、ね」
「制御にコンピュータを使っていたのが拙かったみたいです。が、それはともかくおしゃべりをしている暇はありませんよ。早くしないと……」

言葉の途中で突然、ガチャーンと奥の窓の割れる音が響き渡った。
一瞬、ふたりの青年の気がそちらに向かう。

その隙をつくように。
悟空は走り出した。
奥――割れた窓の方ではなく、戸口に向かって。

「おいっ」

気づいた赤い髪の青年が手を伸ばすが。

「つっ!」

悟空に触れるか触れないかのところで、反射的に手を引っ込める。

「追いますよ!」

声をかけられて、赤い髪の青年は手の甲を押さえたまま走り出した。

「武器の有無は調べたはずなんですけどね」

赤い髪の青年の方を見て、緑の目の青年がいう。押さえた手の甲には血が滲んでいた。

「そんなに威力はなかったから、大丈夫……って、おいっ! ここは4階だぞっ」

最後の言葉は、廊下の突き当たりまで走っていった悟空に向けられたものだった。
悟空は廊下の突き当たりにある窓を開け、窓枠に足をかけていた。

「危ねぇっ!」

外に身を乗り出そうとする悟空を赤い髪の青年が捕まえようとするが。
一瞬、遅く。
その手は空を掴む。

が。
同時に、ふっと目の前が暗くなった。

それが上から降りてきた人影だと。
その人影が悟空を抱きとめたのだと赤い髪の青年が気づいたのは、その人影と一瞬、目が合って、少ししてからのことだった。
バッと下を見ると、いつの間にそんなところに止めていたのか。二人が乗り込んだ車が走り去るところだった。

「いつの間にこんな……」

上から地上にと垂れ下がるロープを見上げ、緑の目の青年が呟く。

「くそっ!」

その横で、赤い髪の青年は、ダンと壁に握りこぶしを打ちつけた。
怪我をしている方の手なのに、痛みは感じない。

「あいつ、人を小馬鹿にしたように笑いやがって」

むっとしたような表情で、赤い髪の青年が呟いた。