過去の破片


追いかけてくる。
でも姿は見えない。ただ伸びてくる手だけが、闇のなか浮かび上がる。
その手に捕まれば、終わりな気がして。
なにもかもが奪い去られる気がして。
ただ必死に逃げ回る。
でも。

――逃げても無駄だよ。

面白がっているような声が響く。

――キミはいつか必ずボクのもとに戻ってくるんだから。







「やだっ!」



……恐怖に包まれて、悟空は自分の声で目を覚ました。





ずるずると毛布を引きずりながら悟空は部屋の扉を開けた。
レストランから新しい家まで。
尾行がないことを確認して戻ってきた。
新しい家は一軒屋で、だが大きくはなく、二階にあるのは二間だけだった。
1つはさっきまで悟空がいた寝室で、もう1つは三蔵が仕事部屋に使っている。

「さんぞー」

悟空はパサリと毛布を落とし、三蔵の背中に抱きついた。

「ここがいい。ここにいる。三蔵のそばがいい」

ぎゅっとすがりつくように抱きつく力がいつもよりも強いのは、不安の表れだろう。

「……好きにしろ」

キーを叩いていた手を止めて、三蔵が短く告げる。

「さんぞぉ」

ぐずぐずと泣き出した悟空に、三蔵は溜息をついて振り返ると、手を差し入れて膝のうえに抱き上げた。

「子供か、お前は」

机の上のティッシュを2、3枚引き出して悟空に手渡す。
鼻をかんで、涙を拭いて。
大きく深呼吸すると、悟空は三蔵にもたれかかった。

トクトクと。
心臓の音がする。

しばらく悟空は三蔵に身を委ねていたが。

「三蔵ってときどきすごく優しい」

腕を回してふわりと抱きつく。

「なんだ、それは」

嫌そうにいう三蔵に悟空はクスリと笑い。

「ね、あの二人の正体はわかった?」
「あぁ。かなり良い仕事をしているみたいだ。評価が高い」
「そっか。じゃあ、評判に傷をつけちゃったかな?」
「仕方ねぇだろ。お前が譲ってやる気なら話は別だが」

三蔵の言葉に、ぱっと悟空は頭をあげた。
不安に揺れる、大きな金の瞳で三蔵を見つめる。

「自分のことだ。お前の好きなようにすればいい」

突き放したような物言いに、悟空は顔を強張らせ、背中にまわした手で服をきつく掴んだ。

「ここにいる」

その様子に、三蔵は溜息をつく。

「好きにしろ、とさっきからいってるだろうが。自分のことは、自分で決めろ。ここにいるのも、他に行くのも自由だ。お前の意思に従って、お前の好きなようにすればいい」

夢になど惑わされずに。
だれになんと言われようと。

そう言ってもらえたような気がして。

「三蔵のそばがいい」

まだ少し不安に揺れる瞳で三蔵をみつめ。
そして。
そっと悟空の方から三蔵の唇に触れる。

だんだんと深くなるキスに。
ようやく悟空は体の力を抜いた。