知能犯


「三蔵、三蔵!」

悟空の呼ぶ声に、はっと三蔵の意識は現実に戻ってくる。
といっても、別に寝ていたとか、夢想していたとかいうわけではない。
少しばかり難しい考え事をしていたのだ。
が、あまり食事中にやるべきことではなかった。
手元がオロソカになって。

「もう、いくら好きだからってそんなにマヨネーズをかけてどうすんだよ」

野菜サラダのうえにマヨネーズがてんこ盛りになっている。
自分でしたことだが、ちょっと眉間に皺を寄せる三蔵の前に空のお皿が差し出された。
なんとなく不本意な気がするが、さすがにこのままでは食べられない。
マヨネーズをどかす作業をしていたところ、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

悟空がパタパタと出て行く。
訪問客とは珍しいことだが、どうせ新聞の勧誘かなにかだろうと三蔵は思う。
そういうときは『家の人が留守だからわかりません』と言うように言ってある。
いつまでも幼さを残す顔立ちは、ともすると中学生でも通じるからだ。

「……全然、大丈夫。あがって」

しばらくして悟空の声が玄関の方から聞こえてきた。
なんだ、勧誘じゃなかったのか? と思っているうちに、ダイニングの扉が開いた。

「三蔵。八戒」

悟空の後ろにやや遠慮気味な様子の八戒が立っていた。

「今日は悟浄がいないっていうから夕飯に誘っちゃった。いいだろ?」

ここに来て良いも悪いもないだろう、と思うが口には出さない。
そう思っているのは八戒も一緒のようで恐縮したように口を開く。

「すみません。図々しいとは思ったんですが、悟空の腕前がどのくらいあがったのかも見ておきたくて」
「腕前?」

言っている意味がわからなくて、三蔵は少し眉間に皺を寄せる。

「えぇ。お料理の。凄いですね、悟空」

食卓を見て、八戒がにこにこと悟空に笑いかける。

「先生がいいからな!」

悟空も笑って応じる。

「……ちょっと待て」

そんな二人の会話から導き出される答えというのは――。

「これ、猿が作ったのか?」

食卓に並ぶ二人分にはかなり多い皿を見て三蔵が言う。

「……知らなかったんですか、三蔵」

かなり意表をついた発言だったらしく、珍しくも八戒が素で驚いた顔で問いかけてくる。

「知るも知らないも……」

そういえば悟空が隣に料理を習いに行っているらしい、というのは知っていた。
それと最近になって、食事時に良い匂いが漂い出していることも。
出来合いのものだったら、そうはならないだろう。
が、今の今まであまり気にしていなかった。
抱えている仕事の方に意識が行っていた。

「まったく。気づかない方もどうかと思いますが……」

八戒がこれみよがしに溜息をついてみせる。

「こんなんじゃ張り合いがないじゃないですか。可哀想に、悟空」
「別に大丈夫だよ」
「でもせっかく作っているんですから、ちゃんと認識してもらわなくちゃ」

軽く睨まれ、少し居心地が悪くなり、三蔵は逆に不機嫌そうな顔になる。
それを見て、悟空は仕方ないな、といでもいうようにクスクスと笑う。

「だから大丈夫だって。別に三蔵のためじゃなくて、俺がいろいろ食べたいからだもん。あ、でも」

ぽん、と悟空が手を打つ。

「男のヒトを落とすには胃袋からってヤツ、か」

だからちゃんと自分が作ったってわかってもらった方がいいのか、とひとりごちる悟空に、コホンと八戒が咳払いをする。

「それは言わなくてもいいことですよ」

どうやらそんな入れ知恵をしたらしい。
なんだそれは、と三蔵は思うが。

「でもさ、三蔵に関してはあんまりイミないんだよね。だって……」

悟空の視線の先には、大量のマヨネーズの山。
それが三蔵にとって一般的だと悟ったのだろう。八戒が呟く。

「……あぁ。そうみたいですね」

妙に納得気な二人の様子に、三蔵がキレる寸前だったとか。