人を愛するということ


「む……ぅ」

少し身動ぎをして、悟空は目を覚ました。ぼーっとした視界に鮮やかな赤が映る。
あれ? と思いつつ、ちゃんと目を開けると、至近距離に悟浄がいた。
そこで再び、あれれ? と思う。

目の前にいるのが悟浄だというのはわかったが、どうしてそこにいるのかがわからない。
だが、ちょっと考えて、そもそもここがお隣の悟浄宅だったことを思い出した。
遊びに来て、八戒がおやつを作ってくれるというのを待っているうちにソファーで寝てしまったらしい。
悟空はくんくんと辺りの匂いを嗅ぎ、匂いのもとを探すように視線を悟浄から空中にと移した。

「ホットケーキかなぁ」

のんびりと独り言を言い、するりと悟浄の腕をくぐりぬけてソファーから立ちあがる。
ほとんど悟空にのしかかるようにしていた悟浄は、一瞬、意表をつかれたような顔をする。
こうも簡単に、しかもさりげなく、逃げられるとは思ってもいなかった。
そのうえ悟空の態度には、なにも変わったことなどなかったかのように、動揺の欠片すら現れていない。
悟浄はクスリと笑うと、ソファーに腰をおろした。

「お堅いな、小猿ちゃんは。お試ししてみようって気はないの?」
「お試し?」
「そ」

悟浄は短く返事をすると、悟空の胸元を指差した。

「だって、それ」

ふっと、悟空の視線が落ちる。その目に映るのは、シャツのボタンを二、三外されたところで見える赤い花びらのような跡。

「これ?」

だが、悟空は恥ずかしがるでも狼狽するでもなく小首を傾げる。
だからなに? とでもいうように。

「つまりは三蔵とよろしくやってるってことだろ? で、他の人と比べてみたいとか思わないのかって聞いてるの。もっと気持ち良いかもよ?」
「そんなことあるわけねぇから、いい」

あっさりと悟空は答える。

「あいつしか知らねぇんだろ? だったら『そんなことないか』どうかわからないだろが。あ、それとももうお試ししたことがあるのか? どっちにしろ、俺はかなり自信があるんだけど」
「自信?」
「テクニシャンよ、俺。天国まで連れて行ってやるよ」

悟浄は、すっと立ちあがり、悟空の方に近づいて行く。
それを悟空はじっと見つめる。悟浄は唇に笑みを刻んで、悟空の頬に手を添えた。
が。

「あんま興味ない。三蔵より気持ちいいなんてマジありえないし」

まっすぐに悟浄を見つめたままで悟空が言う。

「だから、そんなの試してみなきゃわからないだろうが」
「でもさ、ドキドキしないし、ふわふわもしないし」
「は?」
「あのね、三蔵に触れられると、ここが」

と、悟空は心臓のうえに手を置く。

「すごくあったかくなる。ふわふわってして、すごく安心。ただ気持ちいいから、ってだけでできるっての、聞いたことあるけど、俺は無理。どんな気持ち良くたって、あのふわふわがないなら絶対ヤダから」

言葉使いは幼く拙いが、まっすぐに澄んだ瞳で見つめられ、悟浄はたじろぐような気分を味わう。

と。
ぱっと悟空の顔が輝いた。
悟浄の横を通り抜け、戸口の方に向かって駆け出して行く。
悟浄が振り返ると、そこに。

「三蔵っ!」

三蔵がいた。

満面の笑顔で三蔵にとびついていく悟空に――三蔵ではなくなぜか悟空に、敗北感のようなものを覚えながらも、なんとなく清々しい気分もして。
悟浄は少し肩を竦めると、唇に微かな笑みを刻んだ。