冷たい手
たまにひどく手が冷たいときがある。
抱き寄せればほかほかと温かいはずなのに、冷え切っているときがある。
よく笑い、よくしゃべり、よく食べる、まるっきりの子供だから子供体温でも不思議はない。むしろその方が自然だ。
なのにどうしてこんなに冷たいのだろう、と思うときがあるのだ。
あまりに似合わなさすぎて――温めてやりたくなる。
三蔵は腕のなかにおさまっている悟空の手をとった。
口元に持っていき、息を吹きかける。
――まだ少し冷たい。
「さん……ぞ?」
戸惑ったような声とともに大きな金色の瞳がさらに大きくなった。だがそれがやがてふわりと笑みに変わり、さらにクスクスという笑い声が響き渡った。
「なんだ?」
三蔵は眉を顰める。と。
「だって、なんか指先にキスされているいるみたいなんだもん。お姫さまみたい」
なんだかくすぐったそうに笑いながら悟空が言う。
とっさにどう返したらよいのかわからず、三蔵は眉間の皺を深くするが。
「ありがとう」
しみじみとそんなことを言われ、そっと抱きつかれて、珍しくも戸惑ったような顔になる。
「ごめんね。俺さ……自分でもヘンじゃないかなって思うんだけど、どうしようもないんだ」
小さく悟空が呟く。
三蔵が他の人に触れることを厭うのは、たぶん『自分には三蔵しかいない』と思いこんでいるからだろう。
失くした記憶。
それまでに関わったすべての人のことを忘れてしまい、悟空が覚えているのは三蔵だけだから――。
そんな風に思っているのだろう。
本当は三蔵だけではなく、もっと他にも関わり合いになった人間はいるはずなのに、最初に見たものを親と思って慕う雛鳥のように三蔵に固執している。
そう。たぶん『刷り込み』というやつなのだろう。それにたいした意味はない。
そんな風に言ってみても、頑なに悟空は聞き入れはしないが。
そして、忘れてしまうとは――記憶を失ってしまうということは、余程のこと。
その余程のことがいつかまた自分の身に降りかかってくるのではないか――そんなことを恐れている節がある。
いまこうして過ごしている穏やかな時間をすべて壊してしまうようなことが。
「なるべくメイワクかけないようにするから――」
そんなことが起こったら消えるから。
火の粉が飛ぶ前にちゃんと消えるから。
だから、それまででいいから――傍に置いて。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
実際、言葉に出して言われたことではないが――たぶんそれで正解だろう。
馬鹿なことを、と思う。
そのくらいで手放すくらいなら、最初から傍に置いていない。
「頑張るから――」
抱きついてくる手に力が入った。
ふっと息を吐き出し、三蔵は悟空の手を取ってその顔が見えるように少し離れる。
と、振り解かれたと思ったのか、悟空が泣きそうな顔をする。それを三蔵はまっすぐに見つめた。
――置いていかねぇよ。
言葉には出さずに、そう思って見つめる。
何度も言っている言葉だが、悟空が自分で納得しなければ何度言っても同じだろう。
というか、悟空はきっとその言葉を疑っているわけではない。
ただ――不意に不安に思ってしまうだけ。
でなければ、いつもはあんな風に笑ってはいない。
だから言葉の代わりに悟空をじっとみつめたままで、三蔵はまだ冷たい手を口元にと持っていた。
少しだけ悟空の目が見開かれた。
「三蔵……」
震えるように呼ばれる。
なにかが伝わったのだろう。
「いつまでも冷たい手をしてるんじゃねぇよ」
三蔵はその言葉とともに、唇を悟空の指先にと押し当てられた。
悟空は一瞬泣きそうな顔をするが――やがてゆっくりと微笑んだ。