理不尽な運命


何度かチャイムを鳴らしたが、だれも出てこない。
ひとりは出かけたようだが、もうひとりはいるはずだ。
……たぶん。

悟浄は手に持った箱と開かない扉を見比べ、少し考え込むような表情を見せた後、おもむろに門に手をかけてなかにと入った。エントランスを辿り、だが玄関ではなく右にそれて庭に回る。
小さな庭は居間に面している。庭から覗くと、クッションを抱えている悟空が見えた。
ちなみに道路からは塀と木が目隠しをしていて、なかはわからないような造りになっている。
悟浄はガラスの窓を軽くトントンと叩いた。
不意に近くから音がしたからか、悟空が弾かれたように顔をあげた。首をめぐらせ、悟浄を見つけると、むぅっとしたような表情をみせる。

「なんだよ、悟浄」

窓がカラカラと開く。

「……ご機嫌斜め?」

微かな苦笑を浮かべ、悟浄はお邪魔します、と窓から家のなかに入った。

「これ、八戒から。急な仕事が入ったからって頼まれた」

手に持っていた箱を渡す。と、少しだけ悟空の表情が動いた。
箱の中身は八戒の手作りお菓子の詰め合わせだ。時々大量に作っては、こうやって差し入れている。いつもだったら手放しで喜ぶはずなのだが……本当にご機嫌斜めらしい。

「どした?」
「……三蔵に置いてかれた」

唇を尖らせ、拗ねたような表情で言う。
子供っぽいのだが、不思議と艶めいて見える――のを本人はまるでわかっていないらしい。
だからちょっかいをかけたくなのだが。

「幼稚園生でもあるまいし、ひとりでお留守番くらいできるだろ」

本当に子供にするように撫で撫でと頭を撫でてやれば、むっとした表情で手を振り払われた。

「別にお留守番がヤダってわけじゃねぇもん」
「じゃあ、なんだ?」

と聞けば、ずいっと目の前になにやら紙が出された。思わず受け取る。チラシ…というかネットの広告だろうか。プリントアウトされたものだ。

「なになに……へぇ。可愛いコばっかり」

女の子を紹介します、という類のものらしい。適当な紙に適当にプリントアウトしたものらしく画質は悪いが、並んでいる写真は可愛い子ばかりだ。

「……って、まさか三蔵さま、こちらに?」

なんだかそぐわなくて、疑わしげな声になってしまう。
いや、三蔵だって男だ――健康的で若い男性だったら……とは思うのだが。

「起きたらそれが床に落ちてた」

ぶすっとした顔で悟空が言う。それから一瞬の間。そして。

「もう信じらんねぇっ! 昨日だってさんざヤったのに!」

バシバシとクッションでソファを叩く。

「なぁ、男ってそんなモンなのか?」
「……えぇっと」

お前も男だろ、という突っ込みはあえて口にしない。

「もうダメ、限界って言ってんのに、まだできるだろとか言って、あんな恥ずかしい格好までさせて! んでもって、結局、明け方まで放してくれなかったクセにっ!」
「……えぇっと」

もしかしてノロケられているのだろうか。そして一体どんなことをしているんだ、となんだかクラクラしてくる。

「なにをしてる?」

と、突然、低い声が響いた。見ると、戸口に三蔵が立っていた。

「三蔵っ!」

悟浄の手から紙を奪い取り、ひとっ飛びに悟空は三蔵のもとに駆けつける。

「浮気者っ!」
「あ?」
「これ!」

紙をぐっと押し付ける。と、訝しげな表情が浮かんだ。

「なんでそれを持ってる? それは河童に渡そうと思ってたやつだ」
「へ? 三蔵、ここに行ってたんじゃねぇの?」

悟空の言葉に三蔵は深い溜息をついた。

「嫌だ、河童にやらせろ、と言ったのはお前だろうが」

ぱちぱちと悟空は瞬きをする。

「えと……じゃ、どこに行ってたのさ」
「観音のトコ。いきなり呼び出しやがって、あのババァ」

苦虫を噛み潰したような表情の三蔵と対称的に、悟空の顔にはふわりと笑みが浮かぶ。

「三蔵」

嬉しそうにぽふんと抱きつく。すりすり頭を擦りつけて、まるで仔猫が懐いているかのようだ。
悟浄は溜息をつき、それから気を取り直して床に落ちた紙を拾う。

「で、どのコでもいいの?」

犬も食わぬモノに付き合わされたのだから、これくらいの特典があってもいいだろう、そんな風に思いながら尋ねるが。

「仕事の依頼ですか?」

窓の外から声がした。

「八戒」

いつの間にか庭に『完璧』といっていいほどの笑顔を浮かべた八戒が庭に佇んでいた。

「お前、仕事じゃ……」
「なんか突然キャンセルになりまして。それより依頼でしたら、僕も一緒にお話を伺いたいんですけど」

笑顔のままの八戒に、悟浄の背中を汗が伝ってく。

「じゃあ、あがらせていただきますね」

居間にいる全員が固まるなか、笑顔に凄味を加えた八戒があがりこんできた。
そして――。